第3話

 

ファントムキャットの入場曲果てしない闘いの中が流れる中、茜は花道を進んだ。ファントムキャットのコールとブーイングが激しく入り乱れる。沸き起こるファントムキャットコールが、多数のファンがわざわざ女子ボクシング会場まで足を運んだことを表していた。

それと同時に多くの罵声が、女子ボクシングファンのファントムキャットに対しての明確な態度をも示していた。

女子ボクシングを潰しに来た外敵だという認識である。

リングへと向う茜は当然のように両腕に赤いボクシンググローブをはめているが、それだけじゃなく、黒いスポーツブラに黒いトランクスと正統な女子ボクサースタイルでコスチュームを着飾っている。唯一、茜がプロレスラーであることを主張していたのが顔を隠しているファントムキャットのマスクであった。

茜はロープを両腕で掴むと、ロープの力を利用して前方宙返りし、リングインする。プロレス会場でファントムキャットが見せる入場パフォーマンスだ。もっとも、茜にとっては初めての挑戦だったが。この時の為に何度も前方宙返りの練習をしてきたのだ。というよりも、幸一にさせられた。

すでに青コーナーには対戦相手が立っていた。それがこの試合の主役が誰であるかを明確に表していた。

お互いデビュー戦とはいうものの、知名度には段違いの差がある。アマチュアボクシング大会優勝の実績もWGAジュニアチャンピオンという経歴の前では霞むのだ。

それを証明するかのように後楽園ホールは満杯に埋まっていた。今のご時世、プロレスで後楽園ホールを満杯にするのは、メジャー団体でもなかなかできるものではない。以前に女子ボクシングの興行を見た時も後楽園ホールは7割程度にしか埋まっていなかった。

それだけ、新日本女子プロレス元WGAジュニアチャンピオンが女子ボクシングのリングに上がるというマッチメークには、集客力があったのだ。

茜の心臓がより一層跳ね上がった。負けられない重みが相当にのしかかってくる。本当はプロレスのリングにさえ立っていない茜がプロレスを背負って闘わなければならないのだ。その責任は重大である。その重さが予想以上のものであると感じさせるのが後楽園を埋め尽くした大多数の客の中から湧き上がるファントムキャットコールと過剰な反応を見せる女子ボクシングファンのブーイングである。

栗原茜の名前がリングアナによってコールされる。ファントムキャット参戦をマスコミ各社にアピールをしていたものの、女子ボクシング協会には、本名で登録していた。

茜は両腕を上げると、そのままマスクを外した。

それは、ファンの誰もが見たことがなく知りたがっていたファントムキャットの正体を明かすカミングアウトの瞬間でもあった。

素顔を晒すと、場内の歓声とブーイングが止んだ。ぱっちりとした目に柔らかそうに整った輪郭。そこには、まだ高校生程度にしか見えない童顔の少女が立っていた。ファントムキャットのファンも女子ボクシングファンも予期していなかったファントムキャットの正体とその可愛らしさの前に言葉を失っていた。

それも僅か、数秒のうちに解け、またしてもブーイングが沸き起こる。

 リング中央に呼ばれ、対戦相手と対峙した。それで初めてじっくりと対戦相手を見ることになった。

 金色に染められていたロングヘアが真っ先に目に入る。肌の色は白く、適度に化粧もされており、きらびやかに輝く唇には口紅も塗られている。童顔の茜と違い、鋭い目と細い顎を持つ玲子は、派手に染め上げられた髪といい、全体的にふてぶてしい雰囲気が漂っていた。

 アマチュアボクシング大会優勝者というから、お堅い感じをイメージしていたが、まったくの正反対であった。

コーナーに戻った茜は会長からマウスピースをはめ込まれながら作戦を改めて確認していた。

会長はしきりに様子を見ていけと言っているが、茜の心の中は違っていた。

唯一優っているだろう力を武器にゴングと同時に一気に詰めより、荒々しく攻め立てる。それが茜が密かに考えていた作戦だった。

技術勝負では敵うはずがない。パワーで押し切るしかないのだ。

試合開始のゴングが鳴り響く。

作戦通りに茜はゴングと同時にコーナーを飛び出して行った。虚を付かれたのか、玲子はコーナーから一歩も出てこない。そのまま、茜は玲子をコーナーポストを背にさせてラッシュをかけた。

左右のパンチで思いっきり殴りつける。細かなパンチはいらない。出すのは当たればぐらつくだろう全力のパンチのみだ。

 ガードの上から茜が全力のパンチを玲子に叩きつける。玲子はコーナーを背にしたまま体を亀のように丸めている。その時間は20秒以上にも渡って続けられた。

―――――やった、作戦が成功している。

 そう思ったのも束の間でしかなかった。

 赤い閃光が一線、水平に切られる。

 グワシャァッ!!

 「ぶへぇぇっ!!」

 1つの奇声がリング上に響き渡る。それまで威勢良く聞こえていたパンチの音がぴたりと止まった。

 にやりと白い肌を緩ませるのは玲子。その視線の先にあるのは、女子ボクシングの洗礼ともいうべき一撃を顔面にぶち込まれ、苦痛に歪ませている茜の顔であった。

 クロスカウンターが茜の顔面に打ち込まれているのだ。それは、滅多にお目にかかれないほど綺麗に決まった一撃であった。その証拠が身動き一つ取れない茜の姿である。たった1発のパンチでグロッギーとさせてしまっているのだ。

 クロスした腕を抜き取ると、茜が両腕をだらりと垂らし、前へ力なく崩れ落ちた。顔面が玲子の胸元に埋まり、そのままずるずると下に沈み、ダウンとなった。白かった玲子のスポーツブラとトランクスに1筋の赤いラインが加えられている。茜の顔からは、早くも鼻血を噴出していた。

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