第4話

 

 玲子がゆっくりとニュートラルコーナーに移動し、青コーナーの前でカウントが数え上げられる。

 ぐらぐらと世界が揺れていた。

 様々な音が頭の中で反響していた。多くは、声援のように思えた。ファントムキャットと呼ぶ声も交じっている気がする。茜と呼ぶ声もある。

 あたしはファントムキャット。新女を復活させるためにもこんなところで負けるわけにはいかないんだ。

 茜がロープを掴み立ち上がる。

カウントは8だった。

 まだ、視界がぼんやりと揺れていた。玲子の姿がぐにゃりと曲がって映る。

 ガードで凌がなきゃ・・

 試合が再開されると先ほどまったく逆の光景が展開された。今度は茜がコーナーを背にし、玲子のパンチのラッシュを受ける。場所は同じ青コーナーであり、両者の立場を入れ替えて同じことが繰り返されている。

 茜はたまらず玲子の体にだきつき、クリンチした。腰に回した両腕をクラッチすると、茜は玲子を横に投げつけた。

 場内から一斉にブーイングが茜に浴びせられ、レフェリーが茜に減点1を通告する。

 いいんだあたしは、プロレスラーなんだ・・・

 強がってみせはするものの、まだ体の感覚は麻痺しており、鼻血で呼吸もままならず、ブーイングが余計に気分を悪くさせる。

 ゆっくりと玲子が立ち上がると、試合が再開される。ようやく、視界の揺れは治まった。それだけでも、スープレックスをした効果はあるっていうものだ。気分は最悪だけど。

 玲子が睨みつける。

「ホントにざけてるよね」

 「なによ・・投げの1発くらいで」

 茜が言い返すと、そのまま玲子は黙ってしまった。それだけでなく、ファイティングポーズを取ったまま、微動だにしない。

それがかえって不気味であった。

乾いた音が響き渡る。

 バシィィッ!!

 茜の顔面が吹き飛ばされていた。治まりかけていた茜の顔面から再び鼻血が滴となって落ちていく。

 ――――今のパンチ・・・見えなかった。

 茜の中で動揺が広がっていく。

 「ボクサーのパンチ舐めてるでしょあんた」

 そう言い放ち、またも玲子が茜の顔面に左のジャブを打ち込んだ。茜の顔面がまたしても吹き飛ばされる。無駄のない動きに高速のスピード。さらには、鼻に狙いを定めた正確無比のパンチだった。

 「いつでも倒そうと思えば倒せるんだよ」

 バシィッ!!

 「うぐぅっ!!」

 玲子は一言発するたびにジャブを1発茜の顔面に打ち込む。ボクシングの厳しさを体に刻ませるかのような言動である。

 「でも、倒さない。じわじわといたぶってやるんだから」

 言葉どおり、じわじわと左ジャブが茜の顔面を弄ぶ。右に左にふられ、鼻血と唾液が宙に飛び交った。

「なんでか分かる?」

バシィッ!!

「うぅっ!!」

返事を出すどころか茜から呻き声が漏れる。

「本当ならあたしが主役の扱いを受けるはずだったのよっ」

ズドォォッ!!

 感情が出てしまったのか、右ストレートで茜の顔面を吹き飛ばした。

「なのに、あたしを差し置いて目立とうなんて100年早いってのよ」

バシィッ!!

再びクレバーにジャブで茜の顔面をぐさっと突き刺す。

 「こうなったらあたしの左ジャブでどこまでその顔酷く整形出来るか、試してあげるから」

 冷酷に言い放ち、玲子がうっすらと不気味な笑みを浮かべる。 

 つまりは、そういうことだったのだ。

玲子の狙いは茜の顔面破壊。

 そのために執拗に左ジャブで攻め立てていたのだ。

 宣告を言い渡すと、玲子がマシンガンのごとく左ジャブを連続して放った。もう言葉は不要だ。茜の顔面を破壊すべく怒涛のジャブの連打を見せる。

 ビシィッ!!ビシィッ!!ビシィッ!!

「あぶっ!あぶっ!うぶぅっ!」

 ジャブといえども大きく踏み込めばストレートと同等の威力を生み出す。玲子の出すジャブは全弾倒すためのジャブ、否、顔面を破壊するためのジャブだった。

プロレスラーファントムキャットに抱かれていた強さへの幻想は、僅か数十秒で打ち砕かれた。

茜はプロレスラーの強さを見せるどころではなく、左腕一本で闘う玲子に嬲り者にされている。

ただの客寄せパンダでしかなかったファントムキャット、茜は、玲子のパンチングボールとなった姿を見せることしかできないまま、ただ時間だけが刻まれていく。

一部の熱狂的なファンを除き多くの観客が、冷めた視線を茜のブザマな姿に向ける。

茜は完全に道下師となっていた。

後は、派手にノックアウトされる役目を果たすだけである。玲子も観客の期待は分かっていた。だからこそ、2R途中から攻撃を左ジャブだけでなく右も交ぜて全力で攻め立てた。茜をノックアウトするべくフィニッシュへと入ったのである。

だが、茜は観客の期待を裏切り、立ち続けた。

何百発とパンチを浴びながらもダウンを拒み立っている。

いくら打撃を受けようと倒れないプロレスラーの姿を茜は見せていたのだ。

しかし、その代償もあまりに大きかった。

第3R終了時、茜の顔面は、原型を留めてないほどに醜く変わり果てていたのだった。

吐き気をもよおす程、おぞましく醜悪に・・・

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