第6話
「どういうことなんだっ!どうみても茜の勝ちだろ!」
会長がレフェリーに怒鳴り散らす。
レフェリーがマイクを握った。
「栗原茜選手の反則負けについて説明します。栗原茜選手が最後に放ったパンチが背中を向けて振り向きざまに打ったものだったため、ピボットブローという反則技にあたります。本来なら減点対象なのですが、相手選手が試合続行不可能になるほどの威力であったこと、2度目の反則であったことから栗原茜選手反則負けといたしました」
事情を把握した途端、茜は力が抜け切ってキャンバスにへたれこんだ。
敗戦のショックに打ちひしがれる。
茜は力なく頭を下に垂らした。
「何をしょげこんでるんだよ」
幸一の声に茜は顔を向ける。
「このファントムキャットコールが聞こえないのかい?」
ざわめく場内の中で一部からファントムキャットコールが起こっていた。入場時に聞こえてきた時とほとんど変わらない数だ。一つだけ違うのはブーイングがなくなっていることだ。
「観客は、茜が勝ったと認めているんだよ。左右の拳だけで相手をノックアウトしたんだ。それに、プロレスラーには勝敗よりも重要なものがある。観客の声だよ。君は観客を魅了させた。プロレスラーとしての務めを果たしたんだ。胸を張っていいんだよ」
茜はリングの外を振り向いた。一部の観客が立ち上がり、ファントムキャットの名を叫んでいる。
茜は立ち上がった。観客席を見渡し、充実した顔になると、拳を突き上げて思いっきり叫んだ。
「プロレスは最強なんだぁ!!」
茜の言葉に一部の観客が呼応して叫ぶ。
最高だと茜は体感した。観客との一体感。プロレスラーになって良かったと初めて感じるその気持ち良さに茜は浸る。
一方で多くの観客は、忌々しい視線を茜にぶつけていた。その中でも、一際険しく、燃やし尽くすような視線があったのを浮かれている茜は知らない。
赤コーナー側の花道入り口付近に立つ女性の両腕には、ボクシンググローブがはめられている。
彼女の名前は、宝来舞香
今日の興行のメインイベントを飾る女子ボクサーであり、女子ボクシングフライ級日本チャンピオンだ。
第1章 完
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