第2話
行き先は、体育教師室だった。
憂鬱が重なった。小泉に殴り倒されてしまったこと。これが多くを占めている。さらに、これから、体育の授業を受け持っている辻先生に事情を説明しなければならないこと。その上で説教を受けること、その体育教師室で小泉と顔を合わさなければならないことなどなどである。
失礼しますと言って、未希は体育教師室の中へと入る。
小さな部屋の中、3歩歩くともう辻先生の目の前に立てた。すでに小泉は辻先生の前に立っていた。辻先生の前に立つと、未希はふんと鼻をならした。
「小泉からだいたいのことは話してもらった。ドッジボールの試合で小泉の投げたボールが蒼井の顔に当たってしまい、それが故意かどうかで揉めたってわけね」
辻先生は、ざっくらばんとした性格の持ち主であった。体育教師ということもあって細かいことを気にせずにやることなすこと豪快である。未希は姉御肌のある教師を嫌いじゃなかった。ただ、その性格ゆえに由緒正しきお嬢様学校の名門鐘姫学園の教師に就けたのかとても謎なところでもある。
「そういうことです」
「まったくあんた達ね〜。喧嘩するなとは言わないけど、仮にも女子高生なんだから、殴り合いはないでしょうが、殴り合いは。せめて、はたきあいにしなさい」
それもどうかと思ったが、先生のことをどうこう言えないので未希は黙った。
「先生、私は正当防衛なんですから。仕方ないんです」
「正当防衛なんて言葉軽々しく使うもんじゃないよ、まったく。あんた達、今回は、反省文だけだけど、次やったら停学は免れないよ」
未希も小泉も反応を見せなかった。
「返事は?」
「はいっ」
不承不承同時に2人が声を出した。
「相坂・・あんた・・ボクシングジムに通ってるんだってね」
時々、痣を作って学校に登校するからクラスメートなら未希がボクシングジムに通っていることは誰もが知っていることだった。とはいえ、担任でもない辻先生が知ってるとは、教師内でも話題になっていることなのだろうか。
未希は、はいと返事をした。
「ボクシングジムに通うなとは言わないけどね、喧嘩に使うのは関心できない」
それは正論だった。自分も反省しなければならないところではある。
「はい、反省してます」
「小泉、あんたも人を殴っちゃいけないよ」
「分かってます」
「じゃあ、あんた達、握手して今日は終わり」
未希の表情が引き攣った。
小泉は故意で聡美の顔面にボールを投げ付けた上にあたしは小泉にKOされたんだ。それだけの屈辱を味わされた相手に握手なんて死んでも出来ない。
「先生・・・それだけは出来ない」
「私はかまわないですよ」
小泉に顔を向けると勝ち誇った表情をしていた。小泉は未希をKOした。つまり、握手は勝者としての握手ということになる。けっして、仲直りの握手なんかじゃない。
「くっ・・・」
「ほらっ小泉は良いって言ってるんだから手を出して」
屈辱に耐え、仕方なく未希は差し出した。だが、握手する前にしまってしまった。
「先生、やっぱり出来ない」
未希は首を横に振った。
「見苦しいわね。握手も出来ないなんて、だから人のこと疑うのよ」
「なんだとっ!」
未希が小泉の胸倉を掴んだ。
「またやられたいの?」
小泉は胸倉を掴まれても余裕の表情を崩さなかった。
すぐに辻先生が割って入った。
「分かった・・。もう握手はいい。その代わり、あんたらにボクシングの試合をさせるよ」
「ボクシング!?」
思いもしなかった辻先生の提案に未希は耳を疑い、聞き返した。
「こういうときはね、きちんと白黒つけるべきなの。スポーツの試合で負けたならやりきれるものがあるもんよ。それで、試合が終わった後に握手をするの。いいね」
「あたしはかまわない」
小泉が堂々と受け入れた。
「あたしだって望むところだ」
「成立ね。試合は、3週間後の学園祭、最終日。第2体育館ね」
「ねえ、未希、勝てる見込みあるの?」
「だから、今こうして練習してるんじゃないか」
「そうだけどさ・・、小泉ってなんか不気味じゃない。いつも余裕ぶってる感じがするし」
「自分が偉い人間だって勘違いしてるだけだ」
「でも、小泉って実際、運動神経凄いじゃない。小泉がクラス仕切ってるのも一番スポーツが出来るからでしょ」
聡美が言うことは間違ってなかった。小泉は、クラスでもずば抜けた運動神経の持ち主である。陸上部に所属しているのだから、身体測定で学年トップクラスの数字を誇るのは当然だとしても、球技においても、部活に所属している人間顔負けのセンスを体育の授業中に見せる。先日行われた運動会でも一人動きが際立っていた。
スポーツの天才というのは、スポーツをなにやらしても上手くいくものなのだろうか。だから、喧嘩でもあたしは小泉に負けたのだろうか・・
聡美が言うには未希が手を出そうとしたところに小泉のパンチが先に当たり、そのパンチで体が吹き飛ばされたということらしい。
ボクシングでならば、カウンターパンチでKO負けだ。
素人にカウンタパンチで負けるなんてプロボクサーを目指す未希としては、これ以上ないほどの屈辱的な負け方だ。
だとしたら、練習が無意味なことに思えてしまうじゃないかと未希は気が重くなりそうになった。
「だから、練習してるんだ」
練習が大切なんだと自分に言い聞かせるようでもあった。
「あのさ・・」
意味深げな間が出来た。
「千石君に相談してみたらどう?」
「なっ・・そんなこと出来るわけないじゃないか」
「未希が戦国君嫌ってるのは分かるけど、小泉との試合どうしても負けられじゃない。千石君ああ見えてもボクシングのアマチュア大会で好成績も残してるわけだし、なにか良いアドバイスくれるよ」
「それは、そうだけど・・・」
未希は考え込んだ。聡美の言うとおり、戦国は、子供っぽく見えるが、ボクシングの実力は相当なものであった。話だけでしか聞いたことはないが、去年のアマチュアボクシング大会も15歳でありながら、ベスト8まで勝ち上がっている。その大会は、大学生が中心であることを考えると戦国の力量が並ではないことが分かる。
しかし、未希は千石の子供っぽさを嫌っていた。いい歳してジムの中であっち向いてホイをして楽しむ高校生がいると思うと日本の将来が暗く思えてくる。実際、十分に暗いわけであっても。
「いや、断る。あたしの力だけで小泉に勝つんだ」
「未希、あんたってホントに頑固だねぇ」
聡美が溜息をついた。
「その提案は間違ってなんかぁない」
後ろから聞こえてきた声に未希と聡美はびくっと反応しながら振り向いた奥の入り口から出てきたのは千石だ。
「流石ぁ会長の娘だけあるな〜。そのとおりっ勝負事なら俺に任せろっ」
千石は親指で自分の顔を指し、体でも自分に任せないと主張した。
千石は身長165センチと男にしては小柄である。未希との身長差は拳一つ程度のものである。
「ちょっと・・盗み聞きするなんて恥ずかしくないのかいっ」
「いやいや、それは不可抗力ってもんだって」
千石は人差し指を横に振る。いちいち体でとるアクションが癪に障る。大げさなアクションも芝居がかった喋り方もすべてが嘘っぽく未希には感じられた。大方、漫画の登場人物の影響を受けているのだろう。高校生の男子なんて漫画やゲームの影響を受ける年頃だ。だからガキっぽくて嫌なんだと未希は同年代の男と話すたびに思うのだった。
「分かったよ。分かったからあっち行ってくれ」
「邪険だなぁ。でもっ、俺はいつでも歓迎してるからな。勝負事は俺に任せろっ」
と言って千石は身を翻し場を離れた。
千石はテレビゲームと同じ感覚で捉えているんだ。負けてもコンティニューすればいいとその程度に。小泉との試合はそんな安っぽいもんじゃない。これから先の学生生活全てがかかっているんだ。
「誰が相談するもんか」
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