「ねぇ、何か情報出た?」

 ボクシンググローブを両手にまとった金髪の女性は、尋ねながら、椅子に座っている男の方へ振り向く。

その男はノートパソコンを動かしながら、女性の方には振り向かずまだだよと答えた。 

 ボクシングジムの中でパソコンを動かす場違いなことをしている男の名前はネムという。作業だけでなく、外見も痩せ細っておりボクシングジムにおいて余計場違いな感がある。

 釣れないネムに女性は不満げな顔を見せまたサンドバッグに向き合った。女性は鍛え抜かれた両腕の筋肉を瞬間的に膨らませサンドバッグにパンチを打ち込む。

 金髪の女性・・イリア・バーグマンはプロボクサーである。現在、アメリカ合衆国バンタム級チャンピオンであり、国内敵無しの強さを誇っている。

 多くの人でジムが賑わっている中、隅でイリアはサンドバッグを叩き、ネムはすぐ側の椅子に座りパソコンを叩いている。

 「なんだ。情報取れてるじゃない」

 ネムは驚くように仰け反ってイリアの顔を見た。イリアは覗くようにしてパソコンのモニターを見ている。

 「まだ全然取れないんだよ・・。」

 「良いのよ途中でも。見せてよ西ヨーロッパ予選にエントリーされているボクサーのデータ」

 ネムは不満をぶつけるようにイリアの顔を見つめた。

 しかし、その行為が何の意味も成さないことをジム自身が一番よく分かっている。

 イリアは自分勝手だ。イリアの我侭な性格に付き合いきれず、イリア専属のトレーナーが辞めてしまったのだ。

 QOBアメリカ合衆国予選を控えたイリアは、技術面でのトレーナーなしで迎えなければならない。セコンドに付くのは、ボクシング経験のないネム一人である。ネムは自分にかかる責任の重さに胃の痛む毎日を過ごしていた。イリアが負けたって自分には関係のないことだと思っても外野の視線を考えると相当なプレッシャーなのである。大勢の人の前に出ることをネムは得意としていないこともある。何もかもが場違いだとネム本人が一番分かっている。単に女子ボクシングが重度に好きなだけのハッカーにすぎないのだから。元々、ジムはハッキングによる情報収集力を買われて半ばイリアに強引にイリア専属のトレーナーとして雇われたのだ。

 イリアは一人の女子ボクサーを探していた。まだデビューしてから3戦目に戦った相手である。その試合にイリアは敗北した。イリアのプロの戦績で唯一の敗北を喫した試合であり、対戦相手である。彼女の名前はマリア。その試合の後、イリアはマリアのジムへと足を運んだことがある。自分を倒した相手がどういった選手なのかよく知りたかったのだ。しかし、彼女はそのジムには在籍していないことになっていた。ジムの関係者に聞いてもそんな女子ボクサーは知らないと言い張るばかり。

 以降、イリアのマリア捜索が始まった。

 それ以後、イリアはネムと出会い、ハッキングによるネット上での情報網を活かしたマリアの捜索係兼、対戦相手の情報収集役、イリアの強さを数値化する役目としてネムを雇うことになった。そして、現在ネムはQOB参加者の中にマリアがいないか情報を集めている最中である。

 イリアは横からパソコンのキーボードを触る。

 「ん・・」

 イリアは手を止めて、まじまじとモニタを見つめる。

 「どうかしたのイリア?」

 ネムも気になってモニターに視線を戻した。

パソコンのモニターにはオレンジ色でショートカットの髪形をした女子ボクサーが映っていた。

 たしか、彼女の名前は・・・

 ブリジット・ランスだ。

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