遠い仔猫

 「慎兄、ちゃんと仕事してんの?」
 「あっ・・ああ」
 慎兄からは曖昧な返事が返ってきた。
 「母さんも心配してるよ。たまには家に帰ったら?」
 「・・・」
 「借金もあるって聞いたけどホントなの?」
 「・・・」
 慎兄は台所で冷蔵庫の中を探ったまま黙っていた。その様子じゃ借金があるのは間違いないみたいだ。
 それにしても汚い部屋だと陽介は思った。慎兄の部屋は六畳一間しかなく狭い。その六畳の部屋には酒の空き缶があちこちに散らばっており、隅には服が山になって積まれている。一人暮しをしている男の典型的な部屋の有様だ。
 それにしても慎兄は今日どんな理由で俺を家に呼んだんだろう?金の相談?いや、俺はまだ大学一年生だ。大金を俺から借りられると考えるわけないし、小銭ならわざわざ家に呼ばないと思う。
 金以外だとピンと来る理由は浮かんでこなかった。でも、どんな理由にしろ自分にとって良いことではないんだろうなと陽介は思った。
 「ビール飲むか?」
 「いい」
 昼間からビール飲むとは全くいい身分だ。それだから部屋中空き缶だらけになるんだよ。
 慎兄はビール缶を右手に持って台所から居間に向かってきた。ビールを部屋の真ん中にある小さなテーブルの上に置くとテレビに近づいた。何やらビデオデッキをいじっているみたいだ。
 機械が動く音がした。それは耳障りな音だった。普段、そんなことは思わないのに、何故か今日はそう感じるのだ。
慎兄がこっちを向いた。慎兄の口元は少しにやけていた。
 「これが俺の収入源だ」
 そう言うと慎兄はテレビの電源を入れ、リモコンのスイッチを押した。
 まさか・・
 テレビの画面はザ―ッとノイズが出て、灰色と黒が激しく動いている画像から色のついた画像へと変わった。
画面には気だるそうに横たわっている上半身裸の女の人が映っていた。画面を見た瞬間は案の定AVかと思った。
だが、それはすぐに間違いだと分かった。女の人は両腕に赤いボクシンググローブを着けていた。下には青いビキニ水着をつけているが、女の人が横たわっている地面はどう見てもリングにしか見えない。それまで女の人はだるそうに体を小さく動かしていたが、上体を起こして、立ち上がってきた。女の人は何とか立ち上がってきたという様子で、本当にだるそうにしていた。
画面が動き、男が映し出された。その男は裸ではなく、白いシャツに黒いズボンを履いており、どうやらレフェリーのようだ。画面がズームアウトし、リング全体が映し出された。リングの上には上半身裸に下だけビキニ水着を着けて裸足で両腕に赤いボクシンググローブをはめた女の人二人とレフェリーらしき男がいた。リングの周りには椅子に座ってリング上の光景を眺めている人達も大勢いる。
 陽介にはこれがボクシングの試合にしか見えなかった。現に今、二人の女性は二つの拳でもってお互いの体を殴っている。しかも、女だからといって手を抜いていない。二人とも本気で殴り合っていた。
 でも、陽介には何で女の人たちが上半身裸で殴り合っているのか分からなかった。
 そういえば・・
 陽介は漫画雑誌でキャットファイトという言葉を目にしたことがあったのを思い出した。たしか女性同士が戦うことに喜びを見出すとか。
 たしかに女の人たちが上半身裸でボクシングをしている姿は見ていて何か良いなって感じる気がしなくもない。禁断の味とでも言うべきのなのだろうか、言葉で上手く言い表せない魅力が伝わってくる。良く見ると二人とも美人で、かなり若そうだ。さっきダウンをしていた方の女の人はショートカットの髪形でまだあどけない顔をしていて、驚いたことに高校生くらいの年齢に見える。ぽっちゃりとした感じの輪郭で弱そうだ。相手の女の人は対照的に長い黒髪で目がちょっときつめで、かなり強そうだ。年齢は22,3といったところだろうか。
 それにしても画面の中で行われている試合はあまりに一方的だった。さっきダウンした女の人が一方的に殴られ続けていた。二人ともガードなんて知らずに左右の拳を振り回し続けている。
だが、パンチの回転の速さの差のせいかロングヘアの女性のパンチだけがボコスカとショートカットの女性の顔面に当たり続けた。その連打でショートカットの女性の頭が右に左に激しく揺れ動く。それはまるで振り子みたいに一定のリズムで動いていた。
 あんなに激しく殴られて大丈夫なのか?唾液も吹き出ているじゃないか。
 次第にショートカットの女性の顔からは血も吹き出されていくようになった。
 もう止めてやれよレフェリー。
 陽介の心臓の鼓動はどんどん速まっていった。
 ロングへアの女性の右ストレートがショートカットの女性の顔面にめり込んで、ショートカットの女性はまたもダウンした。
 ショートカットの女性のダウンしている姿がアップになって映し出された。ショートカットの女性の顔は赤くなっていて、瞼や頬がかなり腫れてきていた。鼻からは血が垂れている。目がとろんとしていて虚ろだ。
 ショートカットの女の人はそれでもまた立ち上がってきた。そして、懲りずにパンチを放っていった。
 でも、ロングヘアの女性のパンチの方がどうしても先に当たる。そして、ショートカットの女性はまたボコられていった。
 「どうだビデオの感想は?」
 慎兄の言葉で陽介は我に帰った。それで、今までビデオに魅入っていたことに気付いた。
 「急にこんなビデオ見せられても訳分かんないよ。これって一体何なのさ?」
 「まあ、とあるクラブで客の前で見せているショーだよ。女たちはお互いに自分の金を賭けて勝負している。そして、試合に勝った方が相手の金を奪うことができるんだ。だから、女たちは必死で戦う。で、今戦っているショートカットの女が真理子って言って、俺の女だ」
 えっ?
 頭が混乱してもう何がなんだか分からない。
 「真理子が俺の代わりに戦ってくれているようなもんだ。まあ、このリングの立つ女はたいてい男のためだけどな」
 何で大事な彼女を戦わせるんだよ。
 陽介は心の中で抗議した。だけど、口には出せない。
 「あっ」
 試合がインターバルに入ると陽介は思わず声を出した。椅子に座って体を休ませているショートカットの女性を介抱しているのは慎兄だった。慎兄はショートカットの女性のセコンドだった。
 「で、今日も試合があるわけだ。ここんところ負けが続いていて、今日の試合はどうしても勝ちてえんだわ。陽介、お前もセコンドについてくんねえか?」
 この男はいきなり何を言い出すんだ。何で自分がセコンドにつかなきゃいけないのか理由が分かんないし、この世界に関わりなど持ちたくも無い。
 「お前は中学は筑駒に受かって、大学は早稲田に入っただろ。俺から言わせてもらえば人生の勝ち組みってやつだ。そこで、お前の勝負運を分けて欲しいわけだ。お前が側にいるだけで勝てそうな気がするんだよ」
 そんな馬鹿げた発想してるから借金が出来るわけだと陽介は思った。それに、早稲田に入れたのを運で済まさないで欲しい。
どう言えば上手く断れるだろうか?
陽介は思考を巡らせた。
 慎兄がポケットから煙草を出したが、空っぽだっために舌打ちした。
 「煙草買ってくるから考えとていてくれ」
 慎兄は立ちあがって外に出た。
 陽介はふうっと息をついて困ったなと思った。このまま帰ろうかとも思ったが、そうすると今度会ったときが厄介だ。取りあえずこの場所で慎兄が帰ってくるのを待つことにした。
 陽介の視線が吸い寄せられるようにテレビ画面の方に向けられた。
 試合はさらに一方的なものとなっていた。ロングヘアの女性がショートカットの女性の顔面をめった打ちしていた。もうショートカットの女性は手が出てなく、ロープに詰められて、一方的にボコスカ殴られていた。ショートカットの女性の顔面は血を吹いて、頭が右に左に振られた。
 もう見ちゃいられない。そう思いながらも陽介は両方の瞳でしっかりと画面を見つめていた。
突然、家のインターホンが鳴り、陽介の心臓が跳ねあがった。陽介は恐る恐る立ち上がって玄関のドアを開けた。
 玄関の前には若い女の人が立っていた。年齢は自分と同じくらいだろうか?こんなに若い娘がいったい慎兄に何の用だろう?
 「慎ちゃんいる?」
 「兄貴はちょっと外出ててすぐ戻ってきますけど」
 「上がらせてもらってもいい?」
 「あっはい」
 陽介が返事すると女の人は家の中に入った。女の人は部屋に入ると奥にあるベッドに座った。
 それにしても可愛いなと陽介は思った。慎兄は一体どうやってこんな若い娘と知り合ったんだろう?五つくらい歳が離れているんじゃないか?
 陽介は思わずあっと声を出しそうになった。よく見ると彼女はビデオに映っているショートカットの女性だった。
 ベッドに座っている彼女は顔をテレビの方へ向けた。
しまった!ビデオは流れたままだ。
だが、彼女は表情を変えることなく、視線をベッドの下に移し、雑誌を手に取って読み始めた。
 何で彼女は自分が映っているビデオを見て恥ずかしい素振りを見せないんだろうと思った。
 もう慣れているってことなんだろうか・・まだ若いのに。
 陽介は座っていた場所に戻ると、いきなりビデオを消すのも不自然だと思い、そのままビデオを観ることにした。
当然のように空気がとても重い。耐え難い空間の中で陽介はビデオを見続けた。
 結局、試合は次のRまたもロープに詰められてめった打ちをくらった彼女が血を吹きながらキャンバスに倒れテンカウントを聞き、終了した。ズームアップされた彼女の顔面は瞼、頬ともにパンパンに腫れ上がり、唇までもが厚く腫れ上がってしまい、別人のように変わり果てていた。思わず目をそらしたくなってしまう有様だった。
 何でここまでして戦うんだ・・・
 「上半身裸でボクシングなんかして嫌じゃないの?」
 思いきって聞いてみた。
 「嫌だよ」
 雑誌に目を通したまま彼女は答えた。ちょっと寂しげな声だった気がした。
 「じゃあ何で?」
 語気が少しだけ強くなっていた。
 「慎ちゃんのためよ・・」
 「彼女にこんなことさせる奴のために?」
 「慎ちゃんのこと悪く言わないで・・」
 彼女は雑誌を下に向け、こちらを見つめてきた。その目は何処か寂しげで語気が強まった彼女の声もやはり寂しげだった。
 玄関のドアが開いた。
 「おっもう来てたのか」
 「うん」
 「陽介行く気になったか?」
 行く気なんて全く無かった。でも、何故か彼女の存在が気になってしまう。なんでだろう・・
 「うっうん」
 思わず言いといってしまった。
 「じゃあ出るぞ」
 慎兄はそう言って踵を返し玄関に戻った。彼女もベッドから立ち上がった。陽介はどきどきしながら二人の後をついて行った。

 「この日のために猛特訓してきたんだ。勝つに決まってる」
 慎兄が真理子に向かって言った。真理子は首を縦に振って頷いた。
 猛特訓って慎兄はボクシングしたこと無いじゃないかと陽介は思った。今日の勝負本当に勝てるんだろうか?ビデオでの彼女はメチャクチャ弱かった。
 それにしても目のやり場に困った。彼女は上半身裸で下にビキニの青い水着を着け、両手に赤いボクシンググローブをはめている。陽介はちらっと彼女を姿を見てはすぐに違うところを視線を移した。
 居心地が悪く感じつつその場に陽介は立っていると、やがて、激しいロック音楽が扉の奥から聞こえてきた。
「行くぞ、真理子」
慎兄は扉を開け、前に向かった。その後を真理子がついていき、陽介も続いて歩いた。地下にあるこの部屋は全体的に暗い印象を感じた。照明がほとんど照らされてなく、客の顔もよく分からない。取りあえず結構客がいるのだけは分かった。
この部屋の真ん中にリングが置かれてあった。そのリングにだけは上から沢山の照明が照らしてあってリング上の様子がよく分かった。リングの上にはレフェリーが立っていた。
リングに到着すると真理子がリングの中に入った。慎兄はリングに上り、コーナーの外に立った。陽介もリングに上がり、コーナーの外に立つことにした。
 こうしてリングに上がっていると本当になんでこんな場所に自分はいるんだと思う。
 ヒップホップ音楽が流れ、対戦相手が姿を現した。リングに上がり中へと入る。
 真理子の対戦相手はビデオで真理子が戦った相手と同じだった。ロングヘアに黒い髪、そしてきつい目をした美人。
 「前回負けているんだろ。大丈夫なの?」
 「安心しろ、同じ相手に二度も負けねえよ。こっちはこの日のために特訓してきたんだ」
 慎兄の言うことはどうにも信用が出来ない。
 真理子の様子を見てみると彼女の表情は強張っていた。
 「青コーナー18歳キューティー真理子〜!!」
 リングの下から誰かがアナウスをしていた。観客から僅かな拍手が送られてきた。
 「赤コーナー22歳クイーン美沙〜!!」
 観客たちからの拍手はこちらも僅かだった。
 「最初から飛ばして行けよ」
 慎兄は指示を送ると、真理子の口の中にマウスピースを突っ込んだ。真理子の上唇が少し膨らんだ。彼女の顔からはすでに汗が滴り落ちている。
 カーン
 ゴングが鳴り、試合が開始された。真理子はゴングが鳴ると同時にダッシュして美沙の元に向かって行った。美沙もダッシュして真理子の元に向かって来ていた。一瞬にして距離が詰まり、二人はほぼ同時にパンチを放った。
 ズガァッ!
 早くも強烈な打撃音が耳に届いた。パンチをもらったのは真理子の方だった。美沙の右ストレートが真理子の顔面を鮮やかに打ち抜き、真理子の体はよろめいて後ろに下がった。
 美沙がダッシュして距離を詰めて行った。真理子はすぐに体勢を立て直し、パンチを放つもまたも美沙のパンチの方が先に当たった。それでも真理子は懸命にパンチを繰り出してく。だが、真理子のパンチは当たらずに美沙のパンチだけが面白いようにヒットした。
 真理子が右フックを繰り出したが今度はかいくぐられて避けられた。その隙を狙い美沙が右アッパーカットを繰り出した。
 グワシャッ!!
 右アッパーカットは真理子の顎を抉り、真理子は後ろへと倒れ込んだ。真理子の口からはマウスピースが飛び出ていた。吹き出た唾液と共に小さな孤を描き、飛び上がり、ころころと勢いよくキャンバスを転がった。
あまりにも無力な姿。真理子がマウスピースを吐き出す様を見て何故かそう思った。
 開始早々に起きた真理子のダウンに陽介は早くも動揺していった。
 これじゃ前と同じだ。
 真理子は立ち上がってきたが、もう足元がふらふらしていた。
試合が再開される。
 グシャッ!!
 美沙の右ストレートが真理子の顔面に当たり、真理子の体は吹き飛ばされた。真理子の体はロープに吹き飛び、その反動で前に振られた。
 グボォォッ!!
 美沙の右ストレートが真理子の顔面に突き刺さった。そして、めった打ちが始まった。
 美沙のパンチが真理子の顔面にズガズガと当たり続けた。真理子の頭は右に左に振られ血と唾液を吐き出していった。
 もう止めた方がいい。
 陽介は慎兄を見た。だが、慎兄はタオルを首にかけたままで投げる素振りは全く見られなかった。
 カーン
 ゴングに救われて真理子は青コーナーに戻ってきた。すでに顔は腫れてきていて赤く染まっている。鼻血も両方の穴から垂れ落ちていた。
 「まだだ、まだ試合は始まったばっかだ。真理子なら勝てるはずだ」
 真理子の呼吸はかなり激しく乱れていてだるそうな顔をしている。返事は無く、ゆっくりと首を縦に振った。
 この二人はこの試合まだ勝てるとホントに思ってるんだろうか?どう見ても勝てるわけ無いじゃないか。前の試合で完膚なきまで打ちのめされた相手に今回も最初からボコボコになぐられているんだ。どう見たって勝ち目は無い。
 カーン
 ゴングが鳴り、第2Rが始まった。でも、このRも1Rと全く同じことが繰り返された。ノーガードのパンチの打ち合いに破れた真理子がロープに追い詰められ、サンドバッグとなって美沙のパンチの連打を浴びる。そんなどうしようもない展開だった。
 ゴングが鳴った。真理子はさらに酷く腫れあがった顔面になって、そして、さらにふらついた足取りで青コーナーに帰ってきた。
 真理子の顔面はとても醜く変貌していた。真理子の頭は斜め上に向いており、口はぽかんと開いていて目はとろんとしていた。もう完全にグロッキーだ。それでもまだ戦おうと椅子に座り、次のRに備えている真理子の姿は見ていてとても辛かった。
 もういいじゃないか、終わらせようよ。
 だが、慎兄は真理子の汗をタオルで拭きながら、檄を飛ばしていた。
 「絶対に諦めるなよ。勝機はいつかこっちに来るはずだ」
 来るわけないじゃないか・・
 だが、真理子は頭を斜め上に向け、口をだらしなく開いたまま、首を縦に振って頷いた。
 カーン
 第3Rが始まり、真理子はゆっくりと椅子から立ちあがった。美沙はすぐに距離を詰めてきて、その場に立ち尽くしていた真理子をコーナーに釘付けにし、パンチを浴びせていった。人間サンドバッグとはまさにこのことだった。真理子はコーナーに釘付けにされ、突っ立ったまま、パンチの雨を浴び続けた。真理子の両腕はだらりと下がっている。普通ならここでロープダウンを取るが、そんな細かいことはここでは無視されるらしい。
 グワシャッ!!グワシャッ!!と鈍い音が目の前で発せられる。パンチがヒットするたびに真理子の体がビクンと揺れた。
グワシャァッ!!
千沙のアッパーカットが真理子の顎を吹き飛ばした。
 血の雨が場外に降ってきた。陽介の顔に真理子の吐き出した血がピチャピチャッと数滴付着した。
 うわっ!
 さらに─────
 べチャッ!!
 陽介の目の前にマウスピースが落ちてきた。地面には赤い斑点を至る所についている白いマウスピースが落ちていた。
 それでも、リング上でのリンチは続いていた。もはや、真理子は木偶人形に過ぎなかった。何の抵抗もせず立ち続け、パンチを浴び続ける。後ろがロープじゃなかったらとっくにダウンしているだろう。
 もう限界は過ぎている。慎兄タオルを投げてやれよ!
 陽介は慎兄の方に顔を向けた。慎兄は呆然とした表情でリングを見つめていた。
 グワシャァァッ!!!
 さらに鈍い打撃音が聞こえてきた。
 えっ・・・・
 陽介がリングの方に再び顔を戻した。
 リング上では美沙の右フックが真理子の頭を吹き飛ばしていた。真理子の体が横に崩れ落ちていく。
 グボォォッ!!
 さらに美沙の左ストレートが横を向いていた真理子の顔面にぶち込まれた。真理子の頭が吹き飛ばされくるっと陽介の方を向いて、陽介の眼前に迫ってきた。真理子の頭はロープの外にまで吹き飛ばされてきた。
真理子の首が一番下のロープの上に乗っかった。まるでギロチンのように垂れ下がった首。陽介の目の前にある真理子の顔は白目を向いていて、口からは唾液が垂れている。醜く変わり果てた顔が目の前に放置されている。
陽介は言葉を失った。
レフェリーがカウントを取った。当然真理子が立ちあがってくることはなかった。
テンカウントが取られ、レフェリーが美沙の右腕を上げた。
「真理子!」
慎兄がリングに上がった。
もう遅いよ。今頃何を言ってるんだ。慎兄がもっと早くに試合を放棄していれば彼女はこんな姿にはならなかったんだ。でも、彼女はまた慎兄のために戦うんだろう、きっと。こんな目に会ったというのに。
 真理子は陽介の目の前で倒れている。
 でも、彼女の存在はとても遠く感じられた。




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