Seven pieces

第20話  

 リング上では一人の少女がサンドバッグのようにパンチの雨を打たれていた。サンドバッグとなった少女は体を亀のように丸めてパンチの連打に耐えるしかなく、その姿はとても儚げで弱々しかった。
 「どうしたの?ぼうっとした顔してるよ」
 「あそこのリング・・」
 亜莉栖が和葉の視線をなぞる。
 「青のトランクスの娘・・わ・私のクラスメートだよ・・」
 和葉の声は震えていた。
 「えっ・・」
 感情を表にあまり出さないタイプの亜莉栖もこれには意外な顔を作った。だが、亜莉栖葉の顔はすぐに戻る。
 「不幸中の幸いじゃない。クラスメート優勢だから」
 「えっ・・」
 今度は和葉が意外な表情をして、亜莉栖に顔を向けた。
 「あたし、変なこと言った?」
 「相手の娘も船で私を励ましてくれて一緒に帰ろうって誓った娘なの・・・・」
 亜莉栖は特には表情を変えずに和葉の顔を見つめる。
 「そんなの関係無いよ。励ましてくれた娘っていっても船を出たらもう二度と会うことないんでしょ。だったらクラスメートの娘が勝ってくれた方が良いじゃない」
 亜莉栖の冷静な言葉で和葉も少しづつ判断がつき始めた。
 夏希と明日香では一緒に過ごした時間の長さが比較にならないくらい違う。そして、今後も自分は明日香との学校生活を送りたい。それが自分の心の奥に潜む本音である。どんなに綺麗ごとを並べても自分にとって明日香がもっとも大事な存在であり、明日香に勝って欲しいと望んでいるのだ。
 和葉は覚悟を決めた。明日香を応援しよう。後悔だけは絶対に嫌だから。
 「亜莉栖のおかげで決めることができた。明日香を応援する」
 ドボオォッッ!!
 鈍いパンチの音が響き、リング上にいる二人の動作が止まった。相手の腹にパンチを突き上げるようにめり込ませている明日香の顔は会心の手応えを掴んでいると表している充実したものだ。それだけに涙目になり、マウスピースが口からはみ出させて唇の隙間から涎がぽたぽたと垂れ流す苦悶に満ちた夏希の表情が惨めに和葉の目には映った。
 和葉は思わず自分のわき腹に手をやった。ボディブローの苦しみは身に染みている。まだ残っている腹の痛みが急に気になってしまった。
 「ぶええぇっ!!」 
 夏希はマウスピースを吐き出しながら腹を両手で抱えて前に崩れ落ちた。夏希はダウンしてもなお腹をさすり悶えうめく。
和葉は目を反らしこれで終わってと願った。下を向く和葉の耳にはレフェリーのカウントが死刑の宣告であり、夏希の呻き声が宣告に対する悲鳴のように聞えてくる。
 レフェリーのカウントが8のあと数えられなくなった。顔を上げると悪い予想を思い描いたとおり夏希がファイティングポーズを取っている。
 試合が再開されて明日香と夏希は再び接近して殴り合いを始めた。ガードを無視した喧嘩のように殴り合いがなされ、お互いの顔面に次々とパンチが当たっていく。明日香も夏希も顔がぱんぱんに腫れ上がっている。二人とも相当なダメージが溜まっている表れだった。
 次第に夏希の手が止まりだし、明日香のパンチが一方的に当たっていくようになった。ダウン前と同じ展開に戻ったのだ。
 夏希と明日香では明日香の方が強い。
 よく考えてみれば明日香がボクシングで強いのも頷けるものだ。明日香は和葉と違い、スポーツが大好きであり、かつスポーツ万能である。身体能力ならクラスでもトップスリーに入る運動神経の持ち主なのだ。和葉と作戦を立てた時に夏希は運動は苦手だと言っていた。お互いにボクシングが素人という条件なら夏希にとって明日香は到底敵う相手ではない。
 夏希がコーナーポストにつまり、ノーガードで5度フックを顔面に往復されたところでゴングが鳴った。
 このままだと明日香が勝ってくれそうだ。
 でも、和葉には明日香の優勢な展開がどうしても素直には喜べなかった。
 これで夏希がこのゲームからリタイアしても喜んで明日香を迎えられるだろうか。
 和葉は部屋の隅に張りつけられている電光掲示板に目を向ける。マウスピースを確認する方法があったことをすっかり忘れていた。夏希のマウスピースの残りは1という数字が映されている。しかも、明日香の方も同じ1という数字が映されている。どちらが勝ってももしかしたらリタイアは避けられるのではないかという甘い期待は脆くも崩れ去る。この試合負けた方がゲームから去らなければならない。
 和葉は顔をくしゃくしゃに崩し、大切な人間の名前を呟いた。
 「明日香・・」


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