第2話

 ジムからの帰り道、英三は薫と歩きを供にしていた。人の通りの少ない路地に入ると、街灯の数も少なくなった。夜、女性一人で通るには危険なのかもしれない。もっとも、薫にはその心配が及ばないけど。
 薫がプロのリングで試合をすることが突如決まった。もちろん、相手は女性でその舞台はJBCが主催する男子ボクシング興行のカードの一つとしてでである。
 スパーリングの最中、親父の隣にいた二人組が薫の試合を組んだ人物だ。女性が東邦新聞に勤める記者で男は薫の対戦相手となるボクシングジムのマネージャーだ。
 二人は薫の実力を見極めにきたらしい。そして、薫の実力が本物だとわかり、決断した。二人からの申し出をもちろん、薫が断るはずがなかった。
 「英三、オレ今すごくわくわくしてるんだ」
 薫は嬉しそうに話す。
 「これまでボクシングの試合はもちろん、喧嘩すらしたことなかったしね」
 ─────されたら困る。
 「喧嘩したあとに友情が芽生えたってよくあるだろ。ああいうの分かり合えたって感じで良いなぁって思ってたんだ」
─────喧嘩した後に友情が芽生えた試しなんてない。
 「ボクシングは喧嘩じゃないけどね。でも、試合を終えた後は分かり合える気がするんだ」
 ─────それは気のせいだ。
 英三は薫の考えにどうにもついていけず頭を掻いた。
 「オレの親父と会長見たいにさ」
 思わずあっと声を漏らした。
 なぜ、薫が殴り合いのあとの友情に憧れているのか分かった。
 11年前、親父と薫の父親が最後となる対決、薫のおじさんはハードパンチャーである親父と真っ向から打ち合いを挑んだ。薫のおじさんはそういう試合しかできない体になっていたからだ。
 手数ではほぼ互角でもパンチ力が決定的に違う。何度かぐらつくシーンがあったが、薫のおじさんは倒れないでパンチを打ち返していった。
 試合は9Rに入った。二人にとって一番辛い時間なはずだ。手数がだんだんと減ってきて、スピードも落ちている気がしないでもなかった。
ついに薫のおじさんはキャンバスに倒れてしまった。それで、ぼけっとしていた英三の心は目が覚めた。英三は咄嗟に薫の顔を見た。流石の薫も掌を口の前にもっていき、青ざめている。薫は今にも泣き出しそうだ。
 薫のおじさんはなんとか立ち上がり、引き下がることを知らずまた親父に打ち合いを挑んでいった。
そして、最終Rのゴングが鳴る。親父は左拳を突き出して止めた。薫のおじさんも左拳を親父の拳にがちんと合わせて応えた。二人は満足そうに微笑んでいる。それから、二人は足を止めて打ち合った。薫のおじさんは凄かった。場内に響き渡る親父の強烈なパンチを何発受けても下がらない。前のRでノックアウトされる寸前の状態だったのに親父と互角の打ち合いを演じている。
ゴングが鳴り試合が終了した。
 判定になったが、試合の結果は誰の目にも明らかだ。
 ジャッジの裁定はやはり親父だった。
 しかし、勝利を告げられると親父はすぐさま薫のおじさんのもとにいき、おじさんの左腕を挙げた。
 今度は薫のおじさんが親父の右腕を挙げる。観衆は拍手で二人の激闘を称えている。
 涙目になってたはずの薫は顔を目を細めて微笑えんでいた。
 「良いなぁ、こういうの」
 その時の薫の顔は今でも忘れられない。薫は英三の前で初めて女らしい表情を見せたのだ。
 それからずっと英三は薫は男の友情を女の視点から惹かれていたのだと当然のように思っていた。 でも、それは間違っていた。薫は女なのにどつき合ったあとの友情に憧れているのだ。
 友情に憧れる男などそうはいない。女ゆえの男に抱く幻想が少し極端なのだろうかと英三は思った。
 純といえばそうだ。けれど、幻想は所詮幻想だと英三は心の中で呟いた。
 「しかし、突然だよな。それに、JBC初めての女子ボクシングマッチになんだって薫なんだ?薫はプロ経験ゼロじゃん」
 薫は答えずに空を見上げていた。英三も顔を見上げたが、空には見るべき物は何もなかった。星も月も何もない。
 薫は夜空を見ながら夢を思い描いているのだろうか・・・





                                                             

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