第22話

 「本来、第三者のリングへの乱入は第三者が一方の選手に加勢を目的とした行為ならば、試合は加勢された選手の負けとなる。だが、それでは加勢された選手はたまったものではないことから加勢された選手の代わりに乱入した第三者が賭けたマウスピースを勝者に渡すルールが適用される。しかし、今回のケースは小日向明日香がノックアウトされている状態であることは一目瞭然。立花和葉が乱入する前から試合は決着していたも同然であり、そのまま水無瀬夏希が小日向明日香に勝ったとみなす裁定が下された。よって立花和葉に対する直接のペナルティはないが、警告を与え次も同じ行為をした場合はゲーム失格とする」
 自分にたいしペナルティが課されなかったことへの安堵など微塵もなく明日香がマウスピースがなくなりゲームから離脱することになった絶望感に和葉は打ちひしがれた。
肩を落とす和葉に夏希が近寄る。
 「どいて」
 夏希の要求を無視し和葉は明日香の体を抱いて守った。夏希が和葉を突き飛ばして明日香の口に手を突っ込んだ。そのえげつない行為によって直接明日香の口からマウスピースが銀色の糸をねばっこく引いて取り出されると夏希は背中を向けた。
 「待って」
 「なに?」
 「なんで酷いことするの?反則なんて酷いよ。それに・・明日香、もう気を失っていたのに・・・これ以上殴る必要なんてなかったのに・・・」
責める口調で夏希を罵った。
 「マウスピースいくつもってるの?」
 「5つだけど・・」
 夏希が意地悪な表情を見せた。
 「順調なんだ。じゃあ君には分からないよね。マウスピースが残り1個になった恐怖なんて」
 和葉の返答を待たずして夏希は首を横に振った。
 「これは人生を賭けた闘いなんだよ。甘い考えなんて持っていられない。それが和葉にはわかっていない。そんな甘い考えじゃ勝ち抜けないよ」
 「私のことなんていい。今の勝負は明日香が勝ってたよ。返してよ明日香のマウスピース!」
夏希は黙っている。
 「じゃないと明日香は・・明日香は・・」
 和葉は涙ぐみ言葉が喉に詰まった。
 黒服の男が割って入った。
 「取り込み中なようだが、口論はリングの外でやってくれ。他の試合がまだ行われるんだ」
 黒服の後ろには担架が置かれてあった。二人係で明日香の体を抱えて明日香を担架の上に乗せようとする。担架で明日香の体を試合会場の外まで担ごうとしている。そうなったらもう明日香と会うことは二度となくなってしまう。
 「あ・・」
 明日香が担架の上に乗せられると和葉は待ってと言いたげに手を伸ばした。
 「マウスピース沢山持ってるんでしょ」
 夏希が和葉を指差す。
「えっ・・」
 「そのマウスピースを分けてやればいいんだ。友達なんでしょ?」
マウスピースを分けることなんてできるの?
考えもしなかったことだ。でも、林檎との試合では闘っている選手にマウスピースを託すという行為が許された。
 もし、できるのだとしたらマウスピースは5つ集まっているから1つくらい明日香に分けてもどうってことはないはずだ。
 次の試合に残り4つのうち3つ賭けて勝てば抜けられる。
 「待ってください!」
 「どうした?」
 黒服の眼光にたじろぎながらも声を絞った。
 「明日香のマウスピースは私が持っています。明日香から1つ預かっていたんです」
 黒服の男は二人とも黙ったまま和葉の顔を見つめていた。
 「まあ、いいだろう。マウスピースを出せ」
 リングの外に出て置いてあった袋を取りマウスピースを差し出す。それを黒服が受け取ると明日香のマウスピース袋にそれをいれる。
 「どちらにしろ、失神している選手は邪魔にならないように試合会場の端にまで連れていくことになっている」
黒服はそう言い、明日香を乗せた担架を持ち上げてリングの外に出した。
「まさか本当にマウスピースをあげるとは思わなかった。心底お人良しなんだね。でも一つ忠告しとく。友達を助けて満足しているかもしれないけど、だからって彼女は君が困った時には助けない。きっと平気で裏切るよ。人は皆裏切るようにできているんだ」
「違う、そんなことはないわよ。明日香が私を裏切るなんてそんなことあるわけがないじゃない。明日香のこと知りもしないのに適当なこと言わないで!」
「じゃあ君は彼女のことどれだけ知ってるの?君もこの場に自らの意志で参加したわけじゃないんでしょ?あたし達は親に・・売られたわけじゃない」
顔を斜めに向け夏希の表情には一瞬だけ寂しさが漂っていた。
「親の本性さえ見抜けなかったあたし達に人間の考えてることなんてどれくらい分かれると思ってるの!」
 夏希の声は悲痛に満ちていた。彼女も大切な人間に裏切られた人なんだと、そして夏希の立場を知ることで自らの立場も和葉は自覚した。自分が親に売られたという現実を思い出す。
 和葉も悔しくてたまらなく唇を噛み締めた。
 「いつまでも君にかまってなんていられないよ。じゃあね」
 表情を隠すように夏希が背中を向けた。
 彼女の言っていることは正しいのかもしれない。親にまで裏切られてそれでも人を信じるなんて馬鹿なのかも知れない。でも、それでも────
私は明日香を信じるよ。明日香は私の大切な友達なんだから。
 「待って!」
 「なに?」
 うっとおしそうに夏希が顔を向ける。
「私と試合をして。あなたのことどうしても許せないもん!」




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