第24話



 明日香は上はタンクトップに下は膝までのハーフパンツの格好をしている。流石は陸上部だけあって冬だというのに逞しいかぎりだ。   
 「どうしたの和葉ちゃん。真っ青な顔してるよ?」
 「ううん、なんでもない・・」
 「こんな時間まで学校に残って何してたの?」
 「もうそろそろテストが近いから図書館で勉強してたのよ」
 「うわぁ気合い入ってるー。和葉ちゃんもしかして一番狙ってるー」
 冗談交じりの口調で明日香は返す。
 「違うよー」
 和葉は手を振って精一杯の笑みを作り、明日香に合わせた。いつもは明日香の明るさに満ちた喋りが場を楽しくさせるのに今は逆にその明るさが和葉を振りまわし余計に疲れを感じさせた。
 何考えてるんだろう私・・・・
 和葉は目を瞑り唇を噛んだ。
 「そうだ」
 明日香は机の中を探りノートを取り出し両手で縦にして和葉の前に出した。
「和葉ちゃん、ごめん。貸してくれたノートにコーヒーこぼしちゃって汚くしちゃった」
 ぼうっとしていた頭が明日香の言葉を理解するのに数秒かかった。
「嘘っ・・」 
 和葉は明日香からノートを掴みぺらぺらとめくった。10枚以上のページがふにゃけて固まっており数枚は文字が読めなくなっている。
 「ごめんっ・・」
 和葉は黙った。
 腹立たしさのあまり言葉が出ない。そもそもノートを貸すこと自体和葉はあまり良くは思っていなかった。明日香は授業を真面目に聞かないで寝てばっかりいる。和葉だってけっして勉強が楽しいとは思っていない。それでも学生の本分はしっかりと務めないと心掛けて授業を聞き、ノートを取っているのだ。学生の本分を怠るどころか、人の大事なノートを駄目にするとは一体どういう神経を明日香はしているというのだろうか。
 時々、明日香の身勝手さが許せなくなる。
 「和葉ちゃん怒ってる?」
 「当たり前じゃない、酷いよ明日香ちゃん・・」
 「だからゴメンって・・」
 明日香は謝ってはいるが、また同じことを繰り返すにきまっている。本田エミリといい明日香といい身勝手な人ばかりじゃない。
 「もういい」
 和葉はぷいっと顔を背けるとノートを鞄にしまい教室を出ようとした。
 「待ってよ和葉ちゃん」
 「なに?」
 わざと冷たく声を出した。それくらいしないと明日香は気持ちに気付かない。
 「そこまで冷たい態度取らなくてもいいじゃない、あたしだって悪気があったわけじゃないんだよ」
 何を言うのかと思えば逆に明日香が怒るなんて。
もう完全に頭にきた。
 「嫌味な態度なんか取ってないわよ。それに明日香ちゃんが悪いんじゃない!」
 「だから謝ってるでしょ!」
 「そんなの謝ったうちに入らないもん!」
 「いじわる!!」
 「いじわるは明日香ちゃんのほう!!」
 「だから、謝ってるでしょ。しつこいよ和葉ちゃん!」
 明日香に何を言っても無駄だ。身勝手なんだから人の気持ちなんて分かってくれない。
 「もう知らないから!!」
 「あたしだって知らない!!」
 二人が顔を背けた。明日香と会話を交したのはそれが最後になる。
 振りかえってみれば喧嘩した理由はたわいもないことだ。明日香にだって良い面もあるし、悪い面もある。自分にだって同じことだ。明日香を身勝手といったがあの時は明日香を一方的に悪く扱い自分だって身勝手なのだ。
明日香とまた楽しく話したい。もし、口喧嘩が明日香と最後に交した会話になったら悔やんでも悔やみ切れない。
明日香の口からうぅっとうめき声が漏れた。意識を失ったまま苦しんでいる明日香の姿を間近で見てなんて酷いことをされたのだと改めて思った。  
 夏希は明日香は平気で和葉を裏切るといった。彼女に明日香の何が分かるというのだ。明日香は人を裏切るような人間じゃないことくらい和葉は中学の時から学校を供にしているから充分に分かっている。
 今までだったら怯えて声も出なかったかもしれないけど、どうしても許せなくて試合を申し込んだ。
 私・・少しは強くなれたかな・・
 和葉は自分自身に問いかける。答えなど和葉の口から出せるはずもない。気休めでもいいから誰かに安心を与えて欲しかった。
 溢れ出る様々な感情を噛み締めるだけでも辛い。
目を覚ましてよ明日香。じゃないと明日香に謝ることだってできないよ。
「ちょっとでも寝た方がいいよ。時間が来たらあたし起こすから・・」
 亜莉栖の言葉に和葉は現実に引き戻され、亜莉栖の顔を慌てて見た。亜莉栖は前を向いたまま和葉に視線を合わないようにしている。
 「和葉が寝ている間に試合の対策を考えとくから・・」
 「亜莉栖・・」
顔を合わせないのは恥ずかしいから。なにげなくかけられた亜莉栖の言葉は思いやりに溢れていた。一体となって亜莉栖も協力してくれる。眠っているときに見張りをしてくれるだけでなく自分の代わりに試合の対策まで練ってくれるのだ。亜莉栖も和葉の考えを分かってくれたのだと思うと嬉しくて顔に笑みが零れた。
今だって一人じゃない。明日香以外にも頼れる仲間がいるじゃないか。なんで亜利栖に頼ろうとしなかったのだろうかと和葉は自分の過ちを責めた。
嬉しさに包まれながら御言葉に甘えて和葉は目を瞑る。
 勝たなきゃ・・・。
 その言葉を心の中で繰り返し唱えているうちに和葉は寝息を立てて眠りに入った。


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